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2010年 08月 14日

美作城跡探検その3 一之瀬城@美咲町。

荒神山城が凄かったので、次は多少でも楽な感じが良いなぁと。
で、『一之瀬城』に行ってみる事に。

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道中にあったこと。

棚田のまぁ~ちゃん閉まってた。お盆休み。
その向かいに『茶臼山城』の説明版があったので、
立ち寄ってみましたが、道に迷って行き止まりに入ってしまい諦めました。

『日本の棚田百選 大垪和西棚田』
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地域活性化センターの前に案内パンフが置いていて、
一周をぐるっとドライブ出来るそうな。

棚田の緑が気持ちいいなと感じる間もなく、すぐに移動です。
もっと満喫したかったです。

『王山の調練場』
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の看板が地域活性化センターの脇にありました。
鶴田藩が西洋式の軍事訓練をやっていた場所が、
裏山にあるようです。今回はパス…。

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で、なんやかんやで『一之瀬城』に到着しました。

説明看板は設置されていないようですが、
竹内流柔術の開祖「竹内久盛」が築城したお城で、
天正7年(1579年)5月5日に宇喜多直家の軍に攻められて落城したそうです。

『一之瀬城の登城口の看板』
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草が生えていてますが、道らしい雰囲気があるので、進んでいきます。

『堀切』
登城口を上がってすぐのところに、堀切が2か所あります。
それを横から見るので、この登城口は本来のお城にあった道ではないのだろうなぁと。
堀切の写真ってなにがなんだか意味不明だといつも思う。

『石垣』
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石垣なのか石積なのか、それがどう違うのか知りませんが、
登山道の脇に草に埋もれる感じでありました。
当時のものなのか分かりませんが、個人的には違うっぽいと感じます。

草を払いのけてたら、中に蜂の巣があったらしく、
同行者が刺されました。ちくっとしただけで大丈夫のようでしたが…。

『二の壇』
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10分くらいで到着。らくらく登城。
二の壇は、さっきの荒神山城を思うと、大変きれいに整備されています。
資料によるとココは「三の壇」らしいのですが、一の壇の取り囲む郭が分からなかったので。

『一の壇と二の壇との法面』
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ナイスな斜め。
写真の右手奥は草が凄かったので、今回はパス。
草をかき分けると帯郭があるそうな。ちょっと残念…。

『神社』
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竹内家の守本尊である摩利支天が祀られています。

何度も書きますが、夏に山城へ行ったら駄目だと思う。

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帰りの道中にあったこと。

『旭川ダム』
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ゴミがいっぱい浮かんでた。
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by okayamaudon | 2010-08-14 23:59 | 岡山探検記
2010年 08月 14日

美作城跡探検その2 荒神山城@津山市。

天気が怪しいですが、嵯峨山城から荒神山城へ移動です。
昼食は荒神山山頂になりそうなので、コンビニで購入。

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道中にあったこと。

『来て見んちゃい 出雲街道』の説明板
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この看板の南にある篠山ってところに、佐良山城(篠山城)跡があるそうな。
でも、今回は予定があるのでパス…。
さっきの嵯峨山城も別名が佐良山城だし、
津山市内には加茂町の佐良山城もあるしで、ややこしい。

『後醍醐天皇御駐輩伝説地』
後醍醐天皇が隠岐へ配流されるとき、杉坂峠を越えて院庄へ行く途中に、
この近くにあった雲清寺でひと休憩。
そこで詠んだ句が、
『聞きをきし 久米のさら山 越えゆかん 道とはかねて 思ひやはせし』
ここでも、「久米のさら山」。
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説明板の脇にある道を少し進むと、碑があります。
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このあたりに昔は雲清寺があったそうです。

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荒神山城の登城口に到着。
登城口前にある『荒神山集会所』へ駐車して、登城しました。
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ところどころに荒神山への矢印看板があるので、迷わずに進めました。
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途中に橋を発見。
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この辺りまでは車でも来れそうな道です。
ここからは足元も悪くなります。

『華経寺坂』の看板
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『華経寺坂』って書いてます。この上あたりに曲輪みたいなものが整備されているそうですが、
未確認です。

『石垣』
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最初の虎口っぽいところの手前にあった。

『竪堀』
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石垣の反対側には竪堀も。
写真じゃちっとも伝わらない。

『虎口』
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尾根に出てくるところ。
ここから城内に入るって雰囲気。山自体がお城だけど…。

この先も「←本丸」のような看板があるので従いつつ、
ときどき堀切っぽいのを見ながら行き止まりっぽいところに到着。
ここをよじ登れば荒神山城の中心部への近道ですが、結構な高さ。
右手側に道があるのでそっちへ進みます。

『井戸跡』
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の看板があるので、井戸って言われても井戸っぽくないのばかりなので、期待せずに進むと、
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水もしっかり湛えていて、周囲は石積みで整備されています。

『枡形虎口』
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ここを通るとこの城跡のメイン曲輪って感じ。
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上のほうは石を積んで丈夫にしてる雰囲気です。

『土塁』
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虎口越えたところにある曲輪の周囲には高さもある土塁が周囲に廻らされています。
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土塁の上を歩くと、人工的なものなんだと実感できます。

『法面』
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ナイスな斜め。
本丸と二の曲輪との法面。もっと全体が写るようにすれば良かった…。
逆光かつ濃い緑でくっきりと浮かび上がってました。
これを見るなら夏でも良いのかなと思う。この瞬間は。

本丸へと行くための道らしいものが見当たらず、
草をかき分けてなんとか到着。
夏に山城を攻めちゃ駄目…。

『本丸』
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草だらけ。「荒神山城跡」の標識も隠れてます。

麓からここまでの所要時間は、あれこれ見学しながらで約50分でした。

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さらに本丸の奥まったところにある一段高めのところへ向かうにも一苦労。

『本丸の端っこから標識の方向』
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これじゃ高低差もわからない…。
歩いてみると段差があるので確かにこちらが少し高いことがわかります。
あと瓦の破片がちらほらありました。

このあたりがあまり草が生えていないようで、昼食。
座ると草に囲まれて圧迫感が…。
虫も久々の人間がやってきたのか、どんどん来ます。
ささっと昼食時間終了。

ちなみにここから見える景色は、
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登城口方向だと思いますが、木が茂っているのでちょっと残念な感じ。

また、このあと訪れる「金蔵の段」が良く見えました。

移動。下山していきます。

『石垣』
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本丸を下りて、もうひとつ下りた曲輪の法面に石垣がありました。
ここだけがかろうじて残っていたのでしょうか。
この周辺にも結構な数の瓦の破片が落ちています。

『帰路→』
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に従って、まずは「金蔵の段」へ。
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こんなところを進む…。

『金蔵の段』
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なんとか到着。
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広い曲輪ですが、植林されているみたいです。

ここから本丸のほうを見上げてみると、
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木が刈られていて急勾配もよくわかります。

『一本の木』
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「金蔵の段」から先へは道が草に覆われて分からず、
この木のあたりまで進みましたが、
足元が見えない中で斜面を下りるのは危険なので、もと来た道を戻りました。

帰りは特に何の問題も無く、土塁や虎口をもう一度体感しながら
さらっと麓まで下りてきました。
スタートからゴールまで2時間強ほどの探検でした。

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最後に、麓から本丸を見上げてみると、
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さきほどの一本だけ残された木が目印に立っています。

縄張り図はもちろん書きませんでした。
というかあまりにも草がすごくて無理。
同行者もさすがに書いてはいません。

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この出雲街道の道路を通ったことが無いので、
神南備山をぐるっと一周ドライブして、次のお城に向かいます。
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by okayamaudon | 2010-08-14 23:58 | 岡山探検記
2010年 08月 14日

美作城跡探検その1 嵯峨山城@津山市。

今回の城跡探検は、
『嵯峨山城』→『荒神山城』→『一之瀬城』です。

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まずは『嵯峨山城』へ。
の前に、道中にあったこと。

久米南町の役場辺りに『弓削陣屋』があるらしいと立ち寄ってみる。
けど、それらしいものも無く、町立図書館も早朝なのでまだ開館前。
手ぶらで立ち去るのももったいないので、53号線沿いの碑を確認。

『河原善右衛門・磔田』
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河原善右衛門は江戸時代の久米南条郡弓削庄の庄屋で、
農民のために河川の整備やら数々の功績があったそうですが、
そのことの妬んだ人間に貶められて、この場所で磔にされたそうです。
久米南町のサイトにも記事があるくらいの当地の偉人で、
ここ以外にも供養碑や記念碑があるそうです。

検索してみると、『弓削陣屋』は弓削小学校周辺の様子。

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嵯峨山城跡へ登城する際に前もって連絡しておいた『佐良山公民館』に到着し、駐車させてもらいます。
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佐良山未来ビジョン研究会のページにあった「嵯峨山城跡ジオラマ」について、
どんなものか興味がありましたが、当日は休館日でした。

公民館から嵯峨山城跡までの道のりにも、いろいろあったので、
長くなりそうなのでページ下のほうに記載します。

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佐良山の山頂へ約40分ほどで到着しました。あずまやで一休憩。
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ここから見えた景色は、当日の霧で視界が悪かったです。
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晴れていれば、『美和山城』が見下ろせるのだろうと思います。

『佐良山碑』 市指定文化財
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古今和歌集に収録されている
『美作や くめのさら山 さらさらに わがなはたてじ よろずよまでに』
の『さら山』の候補地が3ヶ所ほどあり、その中でも佐良山こそがその『さら山』だということを
後世に伝えるための碑だそうです。

『説明看板』と『イラスト』
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(↑クリックしても大きくなりません…。)
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イラストと現在の地形状況は異なっている印象です。
これと資料をもとに城内をウロウロ探索。
同行者は縄張り図書いてましたが、僕はウロウロをメインで。

『本丸』
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三角点は無いようです。
ところどころボコッと土塁もあります。

北側に掲揚柱がありました。イベント時には旗があがるのでしょうか?
麓からでも見える雰囲気です。

『桝形虎口』
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ここから下に降りるようですが、整備されていないようで、
かき分けて入るのもイヤなので今回はパス。
下も草木が茂ってて降りてもどうせ遺構が見えそうに無いし。

『法面』
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ナイスな斜め。
写真の右側が本丸とかある上の郭で、左奥をかき分けるとたぶん虎口にたどり着く郭の法面。
桜の木があちらこちらにあるので、行くなら桜の頃が良さそう。

『連続竪堀』
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連続凸凹。イラストでは『空堀及空堀跡(宇喜多式)』って書いてるところのひとつ。
横からの写真では分かりにくいのですが、緑の濃いところが凸なところ。
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下から見上げる感じの写真。
凹部分は茶色が多い。

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立ち去る頃には、多少霧も薄くなり、
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『院庄館跡』もかろうじて見えていました。

次は『荒神山城』へ向かいます。

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公民館から荒神山城跡までの道中にあったこと。
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by okayamaudon | 2010-08-14 23:57 | 岡山探検記